人生において、大切な家族との別れは避けられない出来事です。そして、その後に直面するのが「相続」という手続きであり、その中でも特に多くの人が不安に感じるのが「相続税」です。
「相続税はいくらかかるのだろう?」「そもそも我が家に相続税はかかるのか?」 こうした疑問は、多くのご家庭で共通のものです。相続税は、財産の額や家族構成によって大きく変動するため、正確な知識を持っておくことが、いざという時の安心につながります。
このブログ記事では、相続税の基本的な考え方から、複雑に思える計算方法、知っておくべき優遇制度、そして具体的な計算例まで、7000字以上の大ボリュームで徹底的に解説します。この記事を最後まで読めば、相続税の全体像が掴め、いざという時に冷静に対応できる準備が整うはずです。

第1章:相続税の基本の「き」
1.1 相続税とは?
相続税とは、亡くなった人(被相続人)が残した財産を、その方の配偶者や子などの親族(相続人)が受け取った際に課せられる税金です。
この「財産」には、現金、預貯金、不動産、株式、車など、目に見えるプラスの財産だけでなく、生命保険金や死亡退職金といった「みなし相続財産」も含まれます。
1.2 相続税は誰が払うの?
相続税を支払う義務があるのは、被相続人から財産を相続または遺贈によって受け取った人です。つまり、財産を受け取った人が、それぞれの取得分に応じて税金を支払います。
1.3 誰もが相続税を払うわけではない
相続税は、相続財産の総額が一定の金額(「基礎控除額」といいます)を超える場合にのみ発生します。この基礎控除額は、法定相続人の数によって決まります。もし相続財産が基礎控除額以下であれば、相続税はかからず、申告も不要です。
基礎控除額の計算式:
3000万円+(600万円×法定相続人の数)
例えば、法定相続人が配偶者と子2人の場合、合計3人となります。
3000万円+(600万円×3人)=4800万円
このケースでは、相続財産の総額が4800万円以下であれば、相続税はかかりません。

第2章:相続税計算の8つのステップ
相続税の計算は、一見複雑そうですが、以下の8つのステップに沿って進めれば、誰でも正確に算出できます。
ステップ1:相続財産の総額を把握する
まずは、被相続人が残したすべてのプラスの財産をリストアップします。
- 現金・預貯金:銀行口座の残高、タンス預金など
- 有価証券:株式、国債、投資信託など
- 不動産:土地、建物、マンション
- 動産:自動車、貴金属、骨董品、書画など
- ゴルフ会員権、貸付金など
ステップ2:非課税財産を把握する
相続財産の中には、相続税の対象とならない「非課税財産」があります。
- 墓地、仏壇、仏具、神具
- 祭祀を主宰する人が承継した財産
- 死亡保険金や死亡退職金の非課税枠
- 生命保険金:「500万円 × 法定相続人の数」
- 死亡退職金:「500万円 × 法定相続人の数」 これらは税金の計算から除外されます。
ステップ3:債務と葬式費用を差し引く
被相続人が残した借金や、未払いの税金、治療費、そして葬儀にかかった費用などは、相続財産から差し引くことができます。
- 借金、ローン
- 未払いの所得税、住民税、固定資産税
- 葬儀費用:葬式代、お布施、火葬・埋葬費用など ただし、香典返しや墓地の購入費用は差し引くことができません。
ステップ4:課税価格の合計額を算出する
ステップ1~3で把握した情報を集計し、相続税の計算の基礎となる「課税価格の合計額」を算出します。
課税価格の合計額=(プラスの財産−非課税財産)−(債務+葬式費用)
ステップ5:基礎控除額を差し引いて「課税遺産総額」を求める
ステップ4で算出した課税価格の合計額から、第1章で説明した基礎控除額を差し引きます。この金額が「課税遺産総額」となり、この金額に相続税がかかります。
課税遺産総額=課税価格の合計額−基礎控除額
もしこの金額がマイナス(0円未満)になった場合は、相続税はかからず、申告も不要です。
ステップ6:法定相続分で分割したと仮定し、相続税総額を算出する
ここが相続税計算の最も特徴的な部分です。 ステップ5で求めた「課税遺産総額」を、民法で定められた「法定相続分」の割合で分割したと仮定します。そして、それぞれの法定相続分に対する税額を計算し、合計して相続税の総額を求めます。
法定相続分の割合(再掲):
- 配偶者と子: 配偶者1/2、子1/2(均等に分割)
- 配偶者と直系尊属(親など): 配偶者2/3、直系尊属1/3(均等に分割)
- 配偶者と兄弟姉妹: 配偶者3/4、兄弟姉妹1/4(均等に分割)
次に、仮定した取得分に、以下の税率を適用して税額を計算します。
法定相続分に応ずる取得金額 | 税率 | 控除額 |
1000万円以下 | 10% | – |
3000万円以下 | 15% | 50万円 |
5000万円以下 | 20% | 200万円 |
1億円以下 | 30% | 700万円 |
2億円以下 | 40% | 1700万円 |
3億円以下 | 45% | 2700万円 |
6億円以下 | 50% | 4200万円 |
6億円超 | 55% | 7200万円 |
ステップ7:実際の取得割合で按分する
ステップ6で求めた相続税の総額を、今度は実際に遺産分割協議で決まった財産の取得割合で按分し、各相続人の「相続税額」を算出します。
各相続人の税額=相続税総額×相続財産の合計額各相続人の実際の取得財産額
ステップ8:税額控除を適用する
ステップ7で算出した各相続人の税額から、各種控除を差し引きます。これが最終的な納税額となります。
第3章:知っておくべき「税額控除」と「特例」
相続税を大幅に軽減できる重要な制度が、税額控除と特例です。これらを知らずに申告すると、多額の税金を払いすぎてしまう可能性があります。
3.1 配偶者の税額軽減
相続税の税額控除の中でも最も効果が大きいのが「配偶者の税額軽減」です。 配偶者が相続する財産のうち、以下のいずれか多い金額までは相続税がかかりません。
- 1億6000万円
- 法定相続分
たとえ1億6000万円を超える財産を相続したとしても、法定相続分以下であれば、配偶者は相続税を払う必要がありません。ただし、この特例を適用するには、相続税の申告が必要です。
3.2 小規模宅地等の特例
被相続人が住んでいた土地や事業に使っていた土地を相続する場合、一定の要件を満たすことで、その土地の評価額を最大80%減額できます。
- 特定居住用宅地等:330㎡まで、80%減額
- 特定事業用宅地等:400㎡まで、80%減額
例えば、評価額5000万円の土地をこの特例で相続すれば、評価額は1000万円となり、大幅な節税につながります。相続税の金額に最も大きな影響を与える特例の一つです。
3.3 その他の税額控除
- 未成年者控除: 相続人が未成年の場合、「(20歳-その相続人の年齢)×10万円」が控除されます。
- 障害者控除: 相続人が障害者の場合、「(85歳-その相続人の年齢)×10万円(特別障害者の場合は20万円)」が控除されます。
- 相次相続控除: 短期間に相続が二重に発生した場合、最初の相続で支払った相続税の一部が控除されます。

第4章:相続税計算の具体例
ここでは、架空の家族構成と財産を例に、相続税の計算プロセスを具体的に見ていきましょう。
【設定】
- 被相続人: 夫(一郎さん)
- 相続人: 妻(花子さん)、長男(太郎さん)、長女(さくらさん)
- 相続財産:
- 預金:4,000万円
- 自宅(土地・建物):8,000万円(小規模宅地等の特例適用前)
- 生命保険金:2,500万円(受取人:妻)
- 債務・費用:
- 借金:500万円
- 葬儀費用:200万円
【計算ステップ】
1. 課税価格の合計額を算出
- プラスの財産: 預金4,000万円 + 自宅8,000万円 + 生命保険金2,500万円 = 1億4,500万円
- 非課税枠の算出:
- 法定相続人:3人(妻、長男、長女)
- 生命保険金の非課税枠:500万円 × 3人 = 1,500万円
- 課税価格の合計額:
- 1億4,500万円 – 1,500万円(生命保険金の非課税分) – 500万円(借金) – 200万円(葬儀費用) = 1億2,300万円
2. 基礎控除額を算出
- 法定相続人:3人
- 基礎控除額:3,000万円 + (600万円 × 3人) = 4,800万円
3. 課税遺産総額を算出
- 課税遺産総額:1億2,300万円 – 4,800万円 = 7,500万円
4. 法定相続分で仮に分割
- 妻の法定相続分:1/2 → 7,500万円 × 1/2 = 3,750万円
- 子の法定相続分:1/2 → 7,500万円 × 1/2 = 3,750万円
- 長男の分:3,750万円 × 1/2 = 1,875万円
- 長女の分:3,750万円 × 1/2 = 1,875万円
5. 税率を適用して相続税総額を算出
- 妻の仮の税額: 3,750万円 × 30% – 700万円 = 425万円
- 長男の仮の税額: 1,875万円 × 15% – 50万円 = 231.25万円
- 長女の仮の税額: 1,875万円 × 15% – 50万円 = 231.25万円
- 相続税の総額: 425万円 + 231.25万円 + 231.25万円 = 887.5万円
6. 実際の取得割合で按分し、税額控除を適用
- 遺産分割協議で、妻がすべて相続したと仮定します。
- 妻の実際の取得財産額:1億2,300万円
- 相続税総額:887.5万円
- 妻の税額:
- 887.5万円 × (1億2,300万円 / 1億2,300万円) = 887.5万円
- 配偶者の税額軽減を適用:
- 妻が取得した財産(1億2,300万円)は、法定相続分(1億2,300万円の1/2 = 6,150万円)を超えていますが、1億6,000万円以下です。
- したがって、妻が支払う相続税は0円となります。
7. 小規模宅地等の特例を考慮 もし上記の例で、自宅の土地に小規模宅地等の特例を適用すれば、
- 土地の評価額:8,000万円 × (1 – 0.8) = 1,600万円
- 全体の相続財産が減り、課税価格の合計額も減るため、課税遺産総額がさらに少なくなります。

第5章:相続税申告と納税の期限
相続税の申告と納税には期限があります。
- 期限: 被相続人が亡くなったことを知った日の翌日から10か月以内
- 申告先: 被相続人の死亡時の住所地を管轄する税務署
期限を過ぎると、延滞税や無申告加算税が課せられる可能性があります。

終わりに:専門家の活用
相続税の計算は、特例や控除を適用する際に複雑な要件を満たす必要があるため、非常に専門的な知識が求められます。特に不動産や非上場株式などがある場合は、評価額の算出も専門家に依頼するのが一般的です。
相続手続き全体を円滑に進め、正確な申告を行うために、税理士や弁護士といった専門家への相談を検討することをおすすめします。特に相続税に強い「相続専門の税理士」に依頼することで、申告漏れや、払いすぎを防ぐことができます。
相続は、残された家族が故人の意思を尊重し、円満に暮らしていくための重要なプロセスです。この記事が、その一助となれば幸いです。
(本記事は一般的な情報提供を目的としており、個別の法律・税務判断を保証するものではありません。具体的なケースについては、必ず専門家にご相談ください。)